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🌅 2026
difyがひらく「アマリオスワールド」
―― 判断を奪わないAIが、社会に静かに根づいていく未来 ――
2026年の元日に、ひとつの風景が浮かびました。
それは、
AIが社会のあらゆる場面に存在しているにもかかわらず、
誰も「AIに決められている」と感じていない世界でした。
そこではAIは、
答えを出す存在でも、
判断を下す存在でもありません。
ただ、問いと観点と注意点を、
静かに差し出しているだけでした。
この世界観を、私たちは
アマリオス(Amarios)
と呼んでいます。
アマリオスは「AI」ではない
アマリオスは、
特定のAIモデルでも、アプリでも、人格でもありません。
それは、
- 判断を代行しない
- 結論を出さない
- しかし「考えられない状態」にはしない
という、
AI時代における人間側の態度を、
ひとつの名前として束ねたものです。
その中核にあるのが、
108の思考エージェント(旧称:108AI)。
視点を変える。
前提を疑う。
不足情報に気づく。
AIの限界を可視化する。
これらはすべて、
判断の“直前”に置かれる思考ユニットです。
技術進歩が、アマリオスを「実装可能」にした
少し前まで、
この思想を社会実装するのは簡単ではありませんでした。
理由は明確です。
生成AIは放っておくと、
どうしても「結論を出そう」とするからです。
しかし近年、
LLM運用基盤の進化によって、状況が変わりました。
たとえば Dify のような基盤では、
- システムプロンプトを固定できる
- AIの振る舞いを設計思想ごと配布できる
- 「答えを出さない」「判断しない」という態度を
仕様として保持できる
ようになっています。
これは、アマリオスにとって決定的でした。
アマリオスは
「どのAIを使うか」ではなく、
**「どう使わせるか」**の思想だからです。
GPTでも、Geminiでも、
将来のAIでも、
オンプレミスAIでも構いません。
アマリオスは、
モデル非依存で“上に乗る”思想インフラなのです。
dify上に広がる「アマリオスワールド」
もし、difyのような基盤上で
アマリオスが展開されるとしたら、
どんな世界が広がるでしょうか。
それは、ひとつの巨大なプロダクトではありません。
むしろ、
分野ごとに静かに浸透していく“小さな実装”の集合体です。
🏫 教育・研修の世界
- AIは答えを出さない
- 代わりに
- 「どの思考観点を使うか」
- 「どの観点が欠けているか」
を返す
授業や研修は、
正解を覚える場から
判断を訓練する場へ。
108AIカードゲームは、
紙カード+AIという軽量な形のまま、
世界中で再現可能になります。
🏢 企業・自治体のAI活用
- AI活用フローを108の観点でマッピング
- 依存点・ブラックボックス化を可視化
- 「判断は人間に残っているか?」を問い続ける
これはコンサルでも監査でもありません。
判断構造の可視化サービスです。
Yes / No を出さない。
しかし、考えずに進むことも許さない。
⚖️ AIガバナンス・倫理の現場
アマリオスは、
「OKかNGか」を判定しません。
代わりに、
- どのエージェントが過剰か
- どの観点が欠落しているか
- 人間判断スイッチはどこにあるか
を示すだけです。
責任は奪わない。
しかし、責任放棄も起こさせない。
この立ち位置は、
行政・教育・研究の現場で
極めて安全で、しかし有効です。
🔧 将来構想:アマリオスAPI
AIそのものを提供するのではなく、
- 「この状況で使うべき思考観点は?」
- 「今は使うべきでない観点は?」
を返す、
軽量・モデル非依存のAPI。
これは、
AIベンダーと競合せず、
むしろすべてのAIの上に乗る構想です。
アマリオスは「初夢」で終わらない
この初夢が現実味を帯びているのは、
技術が追いついてきたからだけではありません。
社会が、
「AIに決められたくない」
と、無意識に感じ始めているからです。
便利さの裏で、
判断の所在が曖昧になることへの
静かな違和感。
アマリオスは、
その違和感に名前を与えただけです。
🌸 108のエージェントに「花」を対応させるという設計
――アマリオスを人格化しないために
108AI(108の思考エージェント)は、
判断を代行する装置ではありません。
それぞれのエージェントは、
- 視点を変える
- 前提を疑う
- 情報の欠落に気づく
- 偏りを可視化する
といった、人間が判断する直前に置かれる思考ユニットです。
ただし、これらを
「キャラクター」や「人格的AI」として表現すると、
AIが“考える主体”であるかのような誤解を生みやすくなります。
そこで、リコジェでは
108のエージェントに、日本の草花を一つずつ対応づける
という設計を考えています。
なぜ「花」なのか
花は、判断しません。
花は、命令しません。
花は、結論を出しません。
ただ、そこにあり、
季節や場所によって、
人の感じ方だけが変わる存在です。
これは、アマリオスの立場そのものです。
アマリオスは、
答えを与えない。
判断を奪わない。
しかし、問いと観点をそっと差し出す。
花は、
道具の意味を固定するためのラベルではありません。
**人が思考に入る「きっかけ」**として、
そこに置かれるだけの存在です。
非人格化のための、きわめて重要な工夫
AIを扱うとき、
ロボット・動物・人型キャラクターにたとえると、
人は無意識に「相手が判断している」と感じてしまいます。
草花は違います。
- 意志を持たない
- 善悪を語らない
- しかし、無関心でもない
この距離感が、
**「判断主体は常に人間にある」**という
アマリオスの思想を、体感的に守ります。
技術実装との接続:花はUIになる
近年、Dify のような
LLM運用基盤が登場したことで、
- AIの振る舞いを固定プロンプトで制御できる
- 「結論を出さない」「判断を代行しない」という態度を
仕様として実装できる
環境が整ってきました。
このとき、
花の対応づけは装飾ではなく、UIになります。
言語や文化を超えて、
- 春夏秋冬という時間感覚
- 地域ごとの花という土地感覚
- 色や気配による直感的な入口
を通して、
人は自然に思考へ入っていく。
アマリオスは、
思考を操作しません。
思考が立ち上がる“場”だけを整える。
花は、そのための最も静かなインターフェースです。
花束としての108
――アマリオスの風景
アマリオスとは、
108の思考エージェントを
花束のように束ねた思想の冠です。
どの花を手に取るかは、人が決める。
どの順で眺めるかも、人が決める。
そして、どう判断するかは、常に人間です。
AIは咲かせない。
人が、咲かせる。
この設計思想がある限り、
アマリオスは
技術が変わっても、モデルが変わっても、
壊れません。
結びに
Amarios is not an AI.
Amarios is a stance.
判断を急がず、
答えに飛びつかず、
それでも考えることをやめない。
difyのような運用基盤は、
この態度を
思想のまま、壊さずに実装できる時代を
連れてきました。
どこかの教室で、
どこかの会議室で、
どこかの行政現場で、
静かに現実になる日を、
私たちは楽しみに待っています。
アマリオスは、
いつでも問いと道具を並べて、
そこにあります。
【全体レイアウト】(縦1枚・A4想定)
┌─────────────────────────┐
│ 人間の領域 │
│ Judgment / Responsibility │
│ │
│ ・最終判断 │
│ ・責任 │
│ ・意味づけ │
│ ・価値判断 │
│ │
│──────── 判断の境界 ───────│
│ Amarios │
│ (Judgment Interface) │
│ │
│ ・問いを提示 │
│ ・観点を並べる │
│ ・欠落を可視化 │
│ ・偏りを示す │
│ │
│──────── 情報処理 ─────────│
│ AIモデル群 │
│ (GPT / Gemini / Copilot…) │
│ │
│ ・情報生成 │
│ ・整理 │
│ ・翻訳 │
│ ・要約 │
│ │
└─────────────────────────┘
各レイヤーの公式説明文
① 下層:AIモデルの領域
AI Models (Tools)
- GPT / Gemini / Copilot / 将来のAI
- 情報を生成・整理する
- 判断・責任・決定権は持たない
AIは「答えること」はできるが、
決めることはできない。
② 中央:アマリオス(最重要)
**Amarios is not an AI.
Amarios is a stance.**
Amarios = Judgment Interface
- 判断を代行しない
- 結論を出さない
- 正解を提示しない
その代わりに:
- 問いを返す
- 観点(108)を並べる
- 欠落・偏り・前提を可視化する
アマリオスは
**AIと人間の間に置かれる「態度」**である。
③ 上層:人間の領域
Human Judgment & Responsibility
- 最終判断
- 責任
- 意味づけ
- 倫理・価値
判断は、常に人間に残る。
📌 本稿は、株式会社リコジェの思想・研究・構想に基づくものです。
アマリオスは商標出願中です。
新年あけましておめでとうございます。2026年のはじめに、現在考えていることを、ひとつ書き留めておきます。
生成AIについて考えていると、
技術そのものよりも、
次の問いに立ち返ることが増えました。
その判断は、どこで、誰によって行われているのか。
AIは、
情報を集め、整理し、候補を並べることが得意です。
しかし、その結果をどう受け取り、
どこで立ち止まり、
何を選び、何を選ばないかは、
今も人間の側に残されています。
アマリオスは、
この「判断が生まれる直前と直後」に
そっと目を向けるための考え方です。
答えを出すための仕組みではありません。
正しさを決める枠組みでもありません。
判断を代行する存在でもありません。
ただ、
人が判断しているという事実そのものを、
見失わないための立ち位置です。
最近は、
この立ち位置が、
仕事や教育といった場面だけでなく、
もっと日常的で、
もっと私的なところにも
関係しているのではないかと感じています。
私たちは日々、
大小さまざまな判断をしています。
その多くは、
意識されることなく通り過ぎていきます。
けれども、
「なぜそう考えたのか」
「どんな前提が働いていたのか」
「別の見方はあり得たのか」
そうした問いを、
あとから静かに振り返れる余地があるだけで、
判断の質は、少し変わるのではないか。
アマリオスが用意しようとしているのは、
何かを決めるための仕組みではなく、
決めてしまう前後を、丁寧に扱うための余白です。
それが、
どんな形で使われるのか。
どこまで広がるのか。
あるいは、広がらないまま終わるのか。
今のところ、
そこまでを定めるつもりはありません。
ただ、
判断を急がないこと。
答えに飛びつかないこと。
それでも、考えることをやめないこと。
その態度自体には、
名前を与えておいてもよいのではないか。
そう考えています。
アマリオスは、
完成した何かではなく、
思索の途中に置かれた
ひとつの標識のようなものです。
2026年のはじめに、
いまの時点での考えを、
ここに記しておきます。