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2026-03-20 06:54:00

はしとはし ― 100のお箸の物語 ― ________________________________________ 第1話:『箸の声を聞いた日』

 

 

はしとはし
― 100
のお箸の物語

 

この物語は、ある日の食卓から始まります。
いつもの「いただきます」。
でも、その日だけ、少しだけ違っていました。

 


第1話:『箸の声を聞いた日』


ぼくは、その日、
いつもどおりに座っていました。

しろいごはん。
みそしる。
やいたさかな。

「いただきます」

そう言って、
ぼくはおはしを持ちました。


コトン。

おはしが、おわんにふれました。

でも――
それだけじゃない気がしました。


ことん。

さっきより、
やわらかい音でした。


「ねえ」


ぼくは、手をとめました。

いまのは、
だれの声だろう。


「ちゃんともってくれて、ありがとう」


ぼくは、
ゆっくりとおはしを見ました。

だれもいない。

でも、たしかに聞こえた。


「だれ?」


すこしだけ、間があって。

おはしは、
やさしく言いました。


「わたしたちはね――


すこし、

うれしそうに。


「橋なんだよ」


「はし?」

ぼくは、聞き返しました。


「うん。橋」

「食べものと、きみをつなぐ橋」


そのとき。

ごはんのゆげが、
すこし光りました。


みそしるの中に、
森のにおいがしました。

さかなのむこうに、
遠い海が見えた気がしました。


ぼくは、
なにも言えませんでした。


「きみはね」

おはしが、そっと言いました。


「命を食べているんだよ」


ぼくの手が、止まりました。


「だからね」

「人は言うんだ」


すこし、ゆっくりと。


「いただきますって」


「どうしたの?」

おかあさんの声がしました。


ぼくは、
すこしだけ息をのみました。


気がつくと、
いつもの食卓でした。

ゆげも、
ただのゆげにもどっていました。


でも。


ぼくは、知ってしまいました。


おはしは、
ただの道具じゃない。


ぼくは、もういちど言いました。

さっきより、ていねいに。


「いただきます」


その夜。

ねむる前に、
ぼくは目をあけました。


まくらのそばに、
小さな光がありました。


「また来るよ」


あの声でした。


ぼくは、
なにも言えませんでした。

でも――


すこし、
楽しみになりました。


その日、ぼくは「いただきます」の意味を知った。