Welcome
ブログ
『古事記』はどう生まれたのか ――長編小説『古事記誕生』執筆ノート・全10回 ________________________________________ 第1回 『古事記』は本当に四か月で作られ
『古事記』はどう生まれたのか
――長編小説『古事記誕生』執筆ノート・全10回
第1回 『古事記』は本当に四か月で作られたのか
学校の歴史の授業で、『古事記』についてどのように習っただろうか。
稗田阿礼が、天武天皇の命によって帝紀や旧辞を覚えた。後に元明天皇が太安万侶に命じ、阿礼の語る内容を書き記させた。そして和銅五年、西暦七一二年に『古事記』三巻が献上された。
簡潔で、覚えやすい説明である。
しかし、ここで少し立ち止まって考えてみたい。
膨大な神々の物語、天皇の系譜、各地の伝承を、一人の人物が記憶していた。それを一人の官人が聞き取り、一般に約四か月とされる短期間で、三巻の書物に仕上げた。
本当に、それだけだったのだろうか。
『古事記』は、単なる聞き書きではない。神々の名、土地の名、人物の系譜、歌、物語、さまざまな異伝が、一定の順序に整理されている。
どの伝承を採用するのか。矛盾する話をどう処理するのか。日本の言葉を漢字でどのように記すのか。
こうした問題を、阿礼と太安万侶の二人だけが、正式な命令を受けてから短期間で解決したと考えるのは、少し難しいように思う。
むしろ、長い準備期間があったのではないか。
文字による資料調査があり、各地の語り手から話を聞く作業があり、異なる伝承を比較する時間があり、語られた言葉を文字にするための試作があった。
そして、それらの準備が整った後に、正式な命令が出されたのではないか。
太安万侶が四か月で『古事記』を作ったのではない。
何十年もかけて準備されたものを、最後の四か月で三巻の書物に仕上げたのではないか。
これから執筆する長編小説『古事記誕生』では、この疑問から物語を始めたいと思っている。
一人の天才と一人の編集者だけでは説明しきれない、『古事記』誕生の長い時間を描いてみたい。
※本稿は、史実として確認された学説を断定するものではありません。長編歴史小説のために史料の空白を考える、創作上の仮説です